Isamu's Blog『Reboot』

【 雑記ブログ 】

宗教について

【この記事は、2021年3月14日に加筆訂正しています。】

 

現状の私は、自営業を立ち上げましたがコロナの影響で活動が出来ていない病気を持った男性です。

 

障害年金をもらっていますが、親に食わせてもらったり、貯金を切り崩して自分で必要なものを買ったりしています。

そういう意味では、様々な苦しい体験や気付きや発見があるので修行をしているようなものです。

 

私は宗教を信じません。

なぜかと言うと、対立ばかり生んできたからです。

 

宗教の開祖、ゴーダマ・シッダールタさんやイエスさんなどは宗教を作ろうとして行動した人たちではありません。

既存の宗教を否定して、思想・哲学を示された方々です。

他の開祖の方々も同じところがあるのかと思います。

しかし、開祖というのは宗教を否定したにもかかわらず、後のフォロワーがまた新たに宗教を組織して作り上げてしまうことがあるわけです。

 

様々な宗教は、多様な問題を含んでいるところがあります。

新興宗教とて同じです。

 

人間は、思考していないときでも無意識でなにかを捉えているときがあります。

特に、睡眠時の夢は自分の脳で作ることは少なく、外からの波と粒子で作られる場合と、自分の脳で作る場合があると考えられます。

夢も記憶として残る場合があり、その前後の行動に影響することがあります。

統合失調症の当事者は、覚醒していてもその状態になる時があります。

その状態で神秘体験を経験すると、実感として夢のようなことを現実として捉えてしまうこともあります。

 

仏教には、中観、空観、仮観という定義・教義があります。

仏教の中心となる教えは縁起と空です。

悟りを得るために様々な考え方があり、その中には真理があります。

宇宙とその外側までを含んだすべての真理を含んでいると考えます。

 

私は統合失調症を患っていますが、初めての発症当時、「私はなにかに洗脳されているのではないか?」と考え、苫米地英人氏の「洗脳護身術」を懸命に読みました。

洗脳護身術

洗脳護身術

 

そこには、「寝ている時の夢を構築する」とか、「墓に小便をぶっかける」くらいの強い意志を持つ的なことが書かれていました。

 

ベッチーはボンボンでIQも高いです。

YouTubeの動画なども観たうえでの話です。

だから、苫米地氏は興味深い人物ではありますが、別に信奉者ではありません。

 

コーチングなどの分野では、特に色々と勉強させてもらっています。

 

彼も昔に出家もしている人間なのです。

 

また、尊敬するいとうせいこう氏と「見仏記」などで度々コラボしている、みうらじゅん氏の「最後の講義」というTV番組を本日観ました。

「何だ、考えていることは一緒だな。」と思い、みうらじゅん氏のボブディラン好きなども知っていますので非常に共通点を感じ、楽しませて頂きました。

 

みうらじゅん氏は駐車場の「空(あき)あり」を「空(くう)あり」としていじっていました。

 

人生最後に見る夢、走馬燈の話もしていました。

彼は「盛りたい」ようですが、私は「盛りたくはない」です。

 

最後の「人生、死ぬまでの暇潰し」みたいな部分も、半分共感を覚えました。

しかし、私たちは時間に追われ、なかなかこのように楽観的に生きていくことが出来ません。

 

 

イカ天世代ならわかるかもしれませんが「カリフォルニアの青いバカ」など、仏教思想などを盛り込んだ曲です。

 

いとうせいこう氏の話もブログに書きましたので、参考にしてください。

www.reboot1.net

 

話は変わって「グッと!地球便」という番組で、象が出てきたんですが泣きそうになりました。

象がさびしいとき、悲しげに叫ぶのです。

象の気持ちが宇宙から伝わってきたような気がします。

 

で、宗教の話ですが、これは哲学であり思想です。

開祖の言う事に特に注目し、派生したものは鵜呑みにせず自分自身の考えと照らし合わせながら、何が正しいのかを判断して良いことはどんどん取り入れてください。

悪の声に耳を傾けてはいけません。

それはなんとしても払いのけましょう。

そうしなければ、自分自身が不利益を被るだけでなく周りの人や環境、状況も悪い方向へ向かってしまいます。

特にお金が絡む物には一切の妥協を許さず、拒否してください。

そして、意味のないようなことに時間を浪費してしまう可能性もあります。

 あくまでアイデンティティのある自分が判断してください。

宗教というのは、ヒエラルキーがあったり、組織的と言えるかと思います。

 

 まぁ、先日のブログに書いた「人間は思考する器である」ということも言えるかと思います。

 

煩悩は108つあるといいますが、人間なのだから煩悩とうまく折り合いをつけながら人間らしく生きる、これが人間のあるべき姿です。

ただし何が何でも絶対に負けてはいけない煩悩は、人を殺すことと自分を殺すことです。

様々な欲は、善と悪を照らし合わせながらほどほどに満たしていきましょう。

程度問題です。 

 

一方で、思想・哲学は生きるうえでの叡知や智慧を教えてくれてくれることもあります。

私自身は、すべての宗教の良いところだけを取り入れた思想を構築することを妄想しておりましたが、今はただ「楽観的に生きていきたいな」という希望だけにすがる感じです。

 

苦しみながら、悩みながらも毎日を過ごしています。

 

【 2021.3.14加筆修正 】

 

f:id:futurecre8:20190429101523j:plain