無意識について
脳と心
脳と心を分けて考えがちですが、私は違和感を感じていました。
分けるから話がとてもややこしくなり、思考が分断されます。
脳と心は一緒で、観る抽象度が違うだけだと思います。
心は、脳をより高い抽象度(視点)で捉えたものです。
よって脳が無くなれば、心も無くなります。
唯脳も唯識も一緒です。
視点が違うだけなのです。
そういう視点に立つと、かなり頭がクリアになってきます。
シンプルですから。
泣くときも目から水分が出て何か身体的な反応がある状態、と言ってしまうと味気ないですし、そう考えて泣く人もいないと思いますが、情動にのめりこみ過ぎずにどこか客観的に俯瞰して「すべての感情を楽しむ」姿勢が感情に振り回されない秘訣です。
唯識
三島由紀夫は唯識論に傾倒し、最後の著作「豊饒の海」を執筆し、割腹自殺しました。
割腹自殺が行きついた最後かと思うと悲しいですが、もう少しシンプルに考えられなかったのでしょうか。
割腹自殺するというのは大変な精神力ですが、頭が良すぎるのも考えものです。
唯識では、無意識を末那識(まなしき)と阿頼耶識(あらやしき)という層に分けています。
末那識は潜在意識で、ユングのいう集合的無意識が、阿頼耶識に相当するのかななどと考えたりもしますが、正確にはよく分かりません。
私はユングの集合的無意識の考え方を、自分自身の体験と絡めて何となく理解しています。
無意識
ということで無意識についてなのですが、無意識に着目することが、眠っていた能力を発揮する鍵だと思います。
まず、呼吸一つ取っても、意識してしていることは少ないと思います。
深呼吸は意識して行う行動です。
呼吸している、それだけでAIには出来ない凄いことなのです。
無意識に身体は呼吸をしたり、心臓を動かしたり、その他の内臓を動かしたり、様々なことを並列に行っています。
よって無意識を味方につければ、並列なタスクをこなし、楽チンに幸せを手に入れることが出来ます。
無意識を意識に上げる実践
今日からでもできる、無意識からの気づきを得る方法を提示したいと思います。
それは寝てから目覚めるときの時間を少し多めに取り、目を開けるのを待って出てくるイメージを観ることです。
このとき、何かをイメージしようと意識的になってはいけません。
ただ、身を任せて出てくるものをそのまま観るのです。
夢の延長のようなもので、夢と覚醒時に行う瞑想との間くらいの半覚醒状態です。
そうすると、自分で意識的にイメージして出てこないようなものが次々と現れたり、ストーリー仕立てであったりしますが、様々な気づきや発見があります。
そのイメージの質によっては、宇宙との一体感さえ感じる悟りの境地のような感覚が芽生えることも可能です。
感動して涙が出ることもあります。
視点は日本から世界を飛び越えて、地球目線になります。
地球の未来のために、私は何が出来るのだろうという視点です。
ある程度その状況を楽しんだら、目を開けるべきタイミングも分かってくるので、目を開け起床します。
そして、その気づきや発見を忘れないように、私はスマホのメモアプリにメモするようにしています。
もちろん、無意識の状態が悪い時には、悪いイメージやストーリーが出てくることもままあります。
しかし、そこでも気づきや発見がある場合があるのでなるべく身を任せます。
悲しみの涙が出てくることもあります。
ストレスになったり、引きずって起床後の活動に支障が出ると困りますので、耐えられない場合は目を開けて起床します。
そして気づきや発見があれば、メモします。
注意しなければいけないのは、夢の延長線と考えて良いので真実ではないということは押さえておく必要があります。
あくまで気づきや発見の助けとなるということです。
以上が無意識を意識に上げ、心の声を聴く方法の一つです。
毎日の睡眠を利用した、日常的にできる何でもないような方法ですが、いかがでしょうか。
実際私が日々体験し、実践していることです。
皆さんも得られた気づきや発見を、他の人のために教えてもらえたら幸いです。
就寝時の音源
最後に、就寝時にお薦めの音源を紹介します。
癒される、かなりいい音源です。
Amazon Musicで聴くことが出来ます。