生きることについて

人生とは、選択と決断の連続です。

 

自らの選択と決断を後悔したことはありません。

 

しかし、病気などで自分の意向と異なる選択の決断を余儀なくされたときは事情が違います。

 

振り返ると辛いことが沢山ありました。

 

その連続でどんどん萎縮していき、喜怒哀楽の感情を表出しなくなっていきました。

 

他人が人生を充実させていくのを見て、自分と比較し焦ると共に「生きることの意味」など無いと思うようになっていきました。

 

本来の自分を取り戻すように変わったきっかけは、寝ているときに見る夢です。

 

私は病気と服薬していた薬の影響で眠りが浅いことが多かったので、夢を覚えていることもありました。

 

夢は不思議です。

 

無意識が関係していると思いますが、自分と全く関係のないような内容も出てきます。

 

ユングのいう集合的無意識です。

  

集合的無意識とは、DNAに刻まれた記憶だと考えています。

 

知らなかった言葉や単語が出てくることもあります。

 

まるで他の意識が空から降りてきたような、あるいは宇宙を介して意識が伝わってきたような感覚。

 

サイ現象というよりは、トランスパーソナル体験だと言えます。

 

そしてそこから学んだことは、

 

「人は生まれながらにして、食べる為に命を頂いて生きているという罪を背負って生きている。

 

しかしそれにより悲観的に生きても頂いた命に対して申し訳がない。

 

感謝の気持ちを心の片隅にでもいいから、常に持って生きること。

 

そして何の為に生きるのかということは、人の役に立つ為だ。」

 

ということです。

 

こうして、「生きることの意味」は「人の役に立つこと」だと考えるようになりました。

 

人の役に立つことをしていれば、結果やお金は後からついてくると思っています。

 

お金という価値の捉え方も変わってきています。

 

お金は必要だけれど決して全てではないし、シンプルに考えると価値を表すただの紙です。

 

さて、権力やお金を持ち、言いたいこと、主張したいことを好きなように言っていると、人は傲慢になってしまいがちです。

 

それは、ネットのブログやTwitterなどでも同じことが言えると思います。

 

みんなが相手の気持ちになって、傾聴しあうことで争いは、さらには戦争は防げると思います。

 

ボブディランの歌「One Too Many Mornings」の歌詞には「You're right from your side , I'm right from mine」というのがあります。

 

「君の立場になれば君が正しい。 僕の立場になれば僕が正しい。」ということです。

 

Bob Dylan – One Too Many Mornings


Bob Dylan - One Too Many Mornings

 

 

亡くなった物理学者のスティーヴン・ホーキング博士は、神の存在を否定しました。

 

私も同じ意見だったのですが‥‥。

gendai.ismedia.jp

 

最近いろんなことがあって、神様の存在も、仏様の存在も、来世の存在も否定出来なくなりました。

 

信仰の自由がありますし、心の支えになることも多いでしょう。

 

「宇宙教」でも良いし、「自分教」でも良いと思います。

 

あるいは宗教でなくても、自らの思想体系をきちんと構築することです。

 

大切なことは、「慌てなくても死は訪れる」ということです。

 

毎日を最後の1日だと思って、今を大事に生きることが大事だと思っています。